読者の皆様
長い間、アクセスしていただきありがとうございました。
事情により、このコーナーはしばらく休止させていただきます。
なお、このコーナーのブログはすべて、
アメブロへ引越しさせていただきました。
http:ameblo.jp/e-family-ma
です。
引き続き、アメブロで
ご継続をお願いいたします。
勉強嫌いのマサ少年は、もちろん学校の成績は最悪。英語も3より上は見たことがない。そのマサ少年が克服してきた英語学習法は、きっと英語学習に悩んでいる70%以上の中学生・高校生そして大学生のモチベーションのヒントになるはず。
2011年4月10日日曜日
2011年4月9日土曜日
ESSでのその後3
マサが大学の代表としてディベートの大会に出場したのは、2回です。それだけ?と言ってはいけません。年間5回の大きな大会が当時実施されていましたが、マサの大学ESSには相当数のメンバーがいて、学内予選にて勝ち抜かなければ出場はできない。ちなみに、学内予選にも審査員は必要で、そのほとんどはOBの先輩に登場してもらうことになる。サークル全体を通して盛り上がる活動なのであった。
年間5回の内容は、関東学生英語会連盟(KUEL)主催の春の5人制ディベート、同じく秋の大会、東京学生ディベートリーグ(TIDL)主催の春のディベート、上智大学が主催する上智杯ディベート、朝日新聞が主催する朝日杯ディベートでした。
マサ青年は、朝日杯とKUELの秋の大会に出場した。東日本大会では第3位、その後の全国大会では残念ながら神戸女学院大学に敗退して、全国ベスト8でESSの活動を終了することになりました。
しかしながら、ディベートの経験は英語力という面では相当の力をつけてくれました。
単なる英語会話でもなく、英語を駆使して限られた時間の中で討論する技術と英語力はそのまま欧米の大学や大学院へ進学しても十分に通じるものになりました。特に話す力は、それこそマシンガントークの力がついていました。
ただし、マサ青年には最大の欠点があったのです。
マサ青年は高校時代に勉強をしていなかったので肝心の文法力が弱かったことです。これは実は語学学習には致命的で、リーディングでインプットをするにも他人よりも時間がかかった、言い換えれば同じ時間で得られる情報が少ないということになりました。
さて、マサ青年は英語文法力をどのようにつけていくのか。それはまだ先のことになります。在学4年目のマサ青年は、英語の組織を束ねるべく、前述の関東学生英語会連盟の委員長として、関東以北の43大学のESSの活動を支援する立場になります。(在籍大学では3年次に執行部の委員長を担当しました。)そこで、大学の枠を超えて、他の大学の仲間と仕事をすることになります。マサ青年はそのような関係で、大学生でありながら、3年次、4年次はほとんど毎日ネクタイとスーツまたはブレザーを着用し、当時流行していたアタッシュケースを持って大学に通うという生活をしていました。
このことは大学を出てから非常に役にたちました。
See you Next Saturday.
スマイル・マサのアメーバーブログ
月・水・金 実況中継版 中学英語指導
火・木 中学英語「役立ち表現」
土 スマイル・マサ自伝
日 お休み
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http://twitter.com/MasamiAsai
スマイル・マサの著作
(印税は被災地への義援金にさせていただきます)
http://www.meijitosho.co.jp/detail/?isbn=4-18-251312-1
年間5回の内容は、関東学生英語会連盟(KUEL)主催の春の5人制ディベート、同じく秋の大会、東京学生ディベートリーグ(TIDL)主催の春のディベート、上智大学が主催する上智杯ディベート、朝日新聞が主催する朝日杯ディベートでした。
マサ青年は、朝日杯とKUELの秋の大会に出場した。東日本大会では第3位、その後の全国大会では残念ながら神戸女学院大学に敗退して、全国ベスト8でESSの活動を終了することになりました。
しかしながら、ディベートの経験は英語力という面では相当の力をつけてくれました。
単なる英語会話でもなく、英語を駆使して限られた時間の中で討論する技術と英語力はそのまま欧米の大学や大学院へ進学しても十分に通じるものになりました。特に話す力は、それこそマシンガントークの力がついていました。
ただし、マサ青年には最大の欠点があったのです。
マサ青年は高校時代に勉強をしていなかったので肝心の文法力が弱かったことです。これは実は語学学習には致命的で、リーディングでインプットをするにも他人よりも時間がかかった、言い換えれば同じ時間で得られる情報が少ないということになりました。
さて、マサ青年は英語文法力をどのようにつけていくのか。それはまだ先のことになります。在学4年目のマサ青年は、英語の組織を束ねるべく、前述の関東学生英語会連盟の委員長として、関東以北の43大学のESSの活動を支援する立場になります。(在籍大学では3年次に執行部の委員長を担当しました。)そこで、大学の枠を超えて、他の大学の仲間と仕事をすることになります。マサ青年はそのような関係で、大学生でありながら、3年次、4年次はほとんど毎日ネクタイとスーツまたはブレザーを着用し、当時流行していたアタッシュケースを持って大学に通うという生活をしていました。
このことは大学を出てから非常に役にたちました。
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2011年4月2日土曜日
ESSでのその後2
マサが主体的に参加していた活動はディベートであった。
その理由はDrama, Discussion, Debate, Speechという
4つの活動でもっとも脚光を浴びそうであったから。
そして、仲間とともに作り上げることができるから
という面だったのでしょうか?
今から30年以上も前にはディベートという言葉を
知っている日本人は相当に少数でありましたし、
まして、英語をディベートを行うということ自体が
マイナーではありました。
大学生とそれに協力してくださった大学や語学学校の先生、
そして企業の方々の応援で相当規模が大きい全国レベルの
大会が行われていました。
マサの所属ESSでは、それらの大会のうち、年間4回の大会に挑戦していました。そしてそのほとんどの大会で実績を挙げていました。
マサが挑戦した大会でのディベートトピックには
次のようなものがありました。
(正確に記憶していないものもありますので、
使用している英語表現に当時に使われていたものと
一致しないものがあるかもしれません。)
Resolved that;
Japan should ratify the peace and amity treaty
with People’s Republic of China.
「中国と平和友好条約を結びましょうよ。」
…田中角栄訪中前のことです。
Resolved that;
Euthanasia should be legally admitted.
「安楽死を法的に認めましょう。」
…植物状態のカレンアンクウィンランさんの問題があった頃です。
Resolved that;
Ministry of Education’s Textbook authorization system
should be abolished.
「文部省による教科書検定制度は廃止しましょうよ。」
…家永裁判中のことです。
Resolved that;
Food reservation system should be introduced
by the United Nations.
「国連による食料備蓄制度は導入されるべき。」
…ローマクラブの発表が問題になった頃です。
Resolved that;
United Nations should control the price of Crude Oil.
「原油価格は国連によって統制されるようにしましょう。」
…オイルショックの頃です。
そして、
Resolved that; Atomic Power plant should be abolished.
「原子力発電所は廃止されるべきだ。」
…当時から誰の心の中にも不安があったのですね。
この時の「肯定側」のロジックは万が一が有り得るということで、
万が一が重なるとどんなフェイルセーフシステムも機能しなくなる。
その時の被害は当時の人間には推し量ることができないので、
万が一の際のマネジメントもできないということでした。
「否定側」のポイントは万が一がありえない。
ECCS(緊急炉心冷却装置)がどんな事故でも
正確に機能して安全を守るということでした。
まさか、この状況が現実になるとは。
とにかく、東京電力幹部と科学者たちの冷静な対策と、
周辺にいる私たち全員の冷静な行動が、被災地の人々を守ります。
みなさん、買占めなど、逆に買い控えなど風評による軽薄な行動を慎みましょうよ。
See you Next Saturday.
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そして、仲間とともに作り上げることができるから
という面だったのでしょうか?
今から30年以上も前にはディベートという言葉を
知っている日本人は相当に少数でありましたし、
まして、英語をディベートを行うということ自体が
マイナーではありました。
大学生とそれに協力してくださった大学や語学学校の先生、
そして企業の方々の応援で相当規模が大きい全国レベルの
大会が行われていました。
マサの所属ESSでは、それらの大会のうち、年間4回の大会に挑戦していました。そしてそのほとんどの大会で実績を挙げていました。
マサが挑戦した大会でのディベートトピックには
次のようなものがありました。
(正確に記憶していないものもありますので、
使用している英語表現に当時に使われていたものと
一致しないものがあるかもしれません。)
Resolved that;
Japan should ratify the peace and amity treaty
with People’s Republic of China.
「中国と平和友好条約を結びましょうよ。」
…田中角栄訪中前のことです。
Resolved that;
Euthanasia should be legally admitted.
「安楽死を法的に認めましょう。」
…植物状態のカレンアンクウィンランさんの問題があった頃です。
Resolved that;
Ministry of Education’s Textbook authorization system
should be abolished.
「文部省による教科書検定制度は廃止しましょうよ。」
…家永裁判中のことです。
Resolved that;
Food reservation system should be introduced
by the United Nations.
「国連による食料備蓄制度は導入されるべき。」
…ローマクラブの発表が問題になった頃です。
Resolved that;
United Nations should control the price of Crude Oil.
「原油価格は国連によって統制されるようにしましょう。」
…オイルショックの頃です。
そして、
Resolved that; Atomic Power plant should be abolished.
「原子力発電所は廃止されるべきだ。」
…当時から誰の心の中にも不安があったのですね。
この時の「肯定側」のロジックは万が一が有り得るということで、
万が一が重なるとどんなフェイルセーフシステムも機能しなくなる。
その時の被害は当時の人間には推し量ることができないので、
万が一の際のマネジメントもできないということでした。
「否定側」のポイントは万が一がありえない。
ECCS(緊急炉心冷却装置)がどんな事故でも
正確に機能して安全を守るということでした。
まさか、この状況が現実になるとは。
とにかく、東京電力幹部と科学者たちの冷静な対策と、
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2011年3月26日土曜日
ESSでのその後1
震災の復興に頑張っている人々、原子力発電の安全を保つために命をかけている方々に心よりお礼申し上げます。
私たちの所属していたESSは文科系のサークル活動ではありましたが、内容もメンバーも体育系でした。部員は200名を超えていましたが、卒業時点では10名から
20名程度に減ってしまいます。理由は様々ですが、途中で去っていく人々は、生活時間の大半を部活に費やさねばいけない点と体育系の頑強なヒエラルキーシステムなどの特殊事情が英語学習者の意識と乖離していた部分はあったのではないかと思います。しかし、体育系と思われるほどの真剣なトレーニングの成果を素晴らしく特にSpeechとDebateでは全国レベルの大活躍をしていました。
学生マサは一回生のときにも、Debate大会で四回生が全国1位になりました。素晴らしい人々の集団でした。ただし、学生マサは、余りに保守的で体制的な雰囲気になじめませんでした。
とは言え、英語をまじめに真剣にやろうと言う考えで大学に入ったのですから、頑張らなければいけません。スピーチ系には力を入れており、二回生になる際には、JFKの大統領就任演説を覚えることになります。
We observe today not a victory of party, but a celebration of freedom -- symbolizing an end, as well as a beginning -- signifying renewal, as well as change. For I have sworn before you and Almighty God the same solemn oath our forebears prescribed nearly a century and three-quarters ago.
と言うフレーズで始まる、アメリカ大統領最高の演説といわれるものです。
http://www.americanrhetoric.com/speeches/jfkinaugural.htm
まあ、適当にやる部分では力を抜きつつ、参加していました。それがまじめにやっていれば、相当なレベルまで短期間で駆け上がったのでしょうが、生来の怠け癖がでてしまいました。
大学内ではESSへのアンチ体制もありました。特にGというアメリカ人の教授は大いに批判的でした。批判的であるというので、一度スピーチの原稿をチェックしていただくことを口実に、何故批判的な支店でESSを見ているのかを伺ったことがあります。
その批判には大きな意味がありました。それは、ESSのメンバーは英語を話しているが、語彙や文法に間違いが多くネイティブスピーカーである自分には容認すべからぬように思える。しかし手をさし伸ばしても、ESSのメンバーは英語はコミュニケーションを取ることを優先し、英語自体の勉強をしているのではないと言うわけのわからぬことを言って寄せ付けない。彼はそのような考え方がは認められないと言う。
今から考えると、彼の意見は正論であり、今のスマイル・マサは支持をする。もちろん当時の学生マサもその意見は正しいと思ったが、実際には英語自体を学習することを広めようとはしなかった。
ネイティブスピーカーであり且つ大学の英語教授の意見を取り入れずに、自分たちの考えを押しとおすのも傲慢ではあった。自分たちの言語(私たちにしてみると日本語)が文法も語彙も不適切に使われていれば、その言語を母語としてる人には耐えられないことだろう。どうしてそのような配慮ができない集団であったのだろうか。
とにかくソウコウしながら、学生マサも三回生としてESSの中核である運営幹部になることになる。
See you Next Saturday.
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私たちの所属していたESSは文科系のサークル活動ではありましたが、内容もメンバーも体育系でした。部員は200名を超えていましたが、卒業時点では10名から
20名程度に減ってしまいます。理由は様々ですが、途中で去っていく人々は、生活時間の大半を部活に費やさねばいけない点と体育系の頑強なヒエラルキーシステムなどの特殊事情が英語学習者の意識と乖離していた部分はあったのではないかと思います。しかし、体育系と思われるほどの真剣なトレーニングの成果を素晴らしく特にSpeechとDebateでは全国レベルの大活躍をしていました。
学生マサは一回生のときにも、Debate大会で四回生が全国1位になりました。素晴らしい人々の集団でした。ただし、学生マサは、余りに保守的で体制的な雰囲気になじめませんでした。
とは言え、英語をまじめに真剣にやろうと言う考えで大学に入ったのですから、頑張らなければいけません。スピーチ系には力を入れており、二回生になる際には、JFKの大統領就任演説を覚えることになります。
We observe today not a victory of party, but a celebration of freedom -- symbolizing an end, as well as a beginning -- signifying renewal, as well as change. For I have sworn before you and Almighty God the same solemn oath our forebears prescribed nearly a century and three-quarters ago.
と言うフレーズで始まる、アメリカ大統領最高の演説といわれるものです。
http://www.americanrhetoric.com/speeches/jfkinaugural.htm
まあ、適当にやる部分では力を抜きつつ、参加していました。それがまじめにやっていれば、相当なレベルまで短期間で駆け上がったのでしょうが、生来の怠け癖がでてしまいました。
大学内ではESSへのアンチ体制もありました。特にGというアメリカ人の教授は大いに批判的でした。批判的であるというので、一度スピーチの原稿をチェックしていただくことを口実に、何故批判的な支店でESSを見ているのかを伺ったことがあります。
その批判には大きな意味がありました。それは、ESSのメンバーは英語を話しているが、語彙や文法に間違いが多くネイティブスピーカーである自分には容認すべからぬように思える。しかし手をさし伸ばしても、ESSのメンバーは英語はコミュニケーションを取ることを優先し、英語自体の勉強をしているのではないと言うわけのわからぬことを言って寄せ付けない。彼はそのような考え方がは認められないと言う。
今から考えると、彼の意見は正論であり、今のスマイル・マサは支持をする。もちろん当時の学生マサもその意見は正しいと思ったが、実際には英語自体を学習することを広めようとはしなかった。
ネイティブスピーカーであり且つ大学の英語教授の意見を取り入れずに、自分たちの考えを押しとおすのも傲慢ではあった。自分たちの言語(私たちにしてみると日本語)が文法も語彙も不適切に使われていれば、その言語を母語としてる人には耐えられないことだろう。どうしてそのような配慮ができない集団であったのだろうか。
とにかくソウコウしながら、学生マサも三回生としてESSの中核である運営幹部になることになる。
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2011年3月19日土曜日
ESSでの最初の活動
震災の影響は私たちの生活に暗い影を落としていますが、
津波と地震でお亡くなりになられた方々、ご家族も資産も失われた方のお気持ちは本当にお辛いと思います。一日も早い復興をお祈りいたします。
先週も申し上げましたが、ESS(English Speaking Society)では今から40年も前にコミュニケーションツールとして英語を学んでいました。英会話とは一線を画していました。今でこそ、高校生英語ディベートコンテストなどが毎年実施されていますが、そのようなイベントを主導している人たちはほとんどが大学時代にESS所属していた人です。
私たちは毎日お昼時間にNoon Practiceという時間を設けて、NHKラジオ英会話を使って会話トレーニングをしていました。それはかなり厳しくて完全の暗誦できて、さらに実際の会話のように対話をしなければいけませんでした。さらに一回生のときにはDrama, Discussion, Debate, Speechの基礎版を夏休みまでの4ヶ月で全部実施することになっていました。DramaはDramatization Contest, Debate はJunior Debate, Speech ではRecitation Contestがありました。それらの活動の中で最も楽しく、大掛かりなイベントはFreshman Discussionです。関東地域にある大学のESSに入会した一回生が一同に集い、彼らをサポートする先輩も全員集まる大イベントです。
マサ青年の英語活動も、このFreshman Discussion(会場は吉祥寺の成蹊大学でした)でスタートしました。次に控えていた活動は、Recitation Contest。これは学内での活動でしたが、先輩がコーチとして一回生の発音や表現力をチェックし、トレーニングしてくれる活動です。
暗誦するテーマは、アメリカ16代大統領のLincolnのゲティスバーグの演説でした。
この演説は the government of the people, by the people and for the people shall not perish from the earth.というフレーズで終わる有名な演説ですが、終わりよりも出たしが印象的です。
Four score and seven years ago, our father brought forth on this continent, a new nation, conceived in liberty and dedicated to the proposition that all men are created equal.
「全ての人類は皆平等なのだ」という最後のフレーズも大きな印象を与えますし、JFKの就任演説でもMartin Luther King Jr. のI have a dreamでも登場する有名なフレーズです。
マサ青年は、それ以上にfour scoreという言葉に感動しました。scoreは20年という単位です。英語の世界では10年をdecade、20年をscoreと言います。ですから、four scoreは4×20で80を表します。
こんな小さなことでも英語と日本語の違いに感動する気持ちが今のスマイル・マサにとっても役立っています。
マサ青年はこのRecitation Contestで優勝タイトルを手にします。私のコーチをしてくれた大原先輩に心から感謝申し上げます。
See you Next Saturday.
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スマイル・マサの著作(印税はすべて東北の被災地へ送ります。ご協力ください。)
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津波と地震でお亡くなりになられた方々、ご家族も資産も失われた方のお気持ちは本当にお辛いと思います。一日も早い復興をお祈りいたします。
先週も申し上げましたが、ESS(English Speaking Society)では今から40年も前にコミュニケーションツールとして英語を学んでいました。英会話とは一線を画していました。今でこそ、高校生英語ディベートコンテストなどが毎年実施されていますが、そのようなイベントを主導している人たちはほとんどが大学時代にESS所属していた人です。
私たちは毎日お昼時間にNoon Practiceという時間を設けて、NHKラジオ英会話を使って会話トレーニングをしていました。それはかなり厳しくて完全の暗誦できて、さらに実際の会話のように対話をしなければいけませんでした。さらに一回生のときにはDrama, Discussion, Debate, Speechの基礎版を夏休みまでの4ヶ月で全部実施することになっていました。DramaはDramatization Contest, Debate はJunior Debate, Speech ではRecitation Contestがありました。それらの活動の中で最も楽しく、大掛かりなイベントはFreshman Discussionです。関東地域にある大学のESSに入会した一回生が一同に集い、彼らをサポートする先輩も全員集まる大イベントです。
マサ青年の英語活動も、このFreshman Discussion(会場は吉祥寺の成蹊大学でした)でスタートしました。次に控えていた活動は、Recitation Contest。これは学内での活動でしたが、先輩がコーチとして一回生の発音や表現力をチェックし、トレーニングしてくれる活動です。
暗誦するテーマは、アメリカ16代大統領のLincolnのゲティスバーグの演説でした。
この演説は the government of the people, by the people and for the people shall not perish from the earth.というフレーズで終わる有名な演説ですが、終わりよりも出たしが印象的です。
Four score and seven years ago, our father brought forth on this continent, a new nation, conceived in liberty and dedicated to the proposition that all men are created equal.
「全ての人類は皆平等なのだ」という最後のフレーズも大きな印象を与えますし、JFKの就任演説でもMartin Luther King Jr. のI have a dreamでも登場する有名なフレーズです。
マサ青年は、それ以上にfour scoreという言葉に感動しました。scoreは20年という単位です。英語の世界では10年をdecade、20年をscoreと言います。ですから、four scoreは4×20で80を表します。
こんな小さなことでも英語と日本語の違いに感動する気持ちが今のスマイル・マサにとっても役立っています。
マサ青年はこのRecitation Contestで優勝タイトルを手にします。私のコーチをしてくれた大原先輩に心から感謝申し上げます。
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2011年3月12日土曜日
大学生活開始〔目的はESS〕
***昨日の地震で被害にあわれた方々のお気持ちをお察し申し上げます。
また、命を落とされた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。***
現役での入学と異なり、すでにいろいろな経験をしていた私には大学入学の目的も決まっていました。それは、ESS(English Speaking Society)に入り、そこで徹底して英語活動をすることでした。
その理由は、先の専門学校の先生方が全員ESSの先輩であったと同時に、英語をコミュニケーションの道具として磨いていこうという学生団体はESSしかなかったからです。
1970年代当時で英語でディベートやディスカッションをやっている団体は本当にESSしかなかったからです。(英会話を楽しむ団体はいっぱいありましたよ。)
ESSの活動目的は、英語はコミュニケーションの道具であり、世界の様々な人々と意見を交換するための道具であるという前提に立ち、日常英語会話をベースにしてD、D、D、Sという4つの活動にてトレーニングを通して英語力を身につけることでした。
D、D、D、SはDrama, Discussion, Debate, Speechの頭文字をとったもので、Speech Communicationのトレーニング方法です。
私は、先の渋谷の学校を同時に辞めた友人4人と同じ大学に進学し、そのうちの三人とESSに入りました。
Off campus activityとしてESSでの活動はとっても楽しいものでした。しかし、同時に苦しいものでもありました。先に苦しい雰囲気を全面に感じたのですが、4年経ってみると楽しい思い出に包まれたというべきでしょうか。
さあ、これからが具体的な英語学習方法のステップ2になります。
ステップ1は亨先生のタイトルがついて専門学校での「徹底的なインプット」です。
振り返ると、カセットプレーヤーを抱えて、Nancy and Georgeだけでなく、多くの英文やストーリーを覚えました。断片的に覚えている英語表現は今でも使っており、自然に口から出てくる、いわゆる自動化表現がいっぱいあります。
そしてステップ2です。これから毎週4年間のESSでの英語に関する学習方法をお伝えしていきます。そして、海外で学習しなくても、英語の力はEnglish is my second language.と言えるほどになることを証明してまいります。
では、See you Next Saturday.
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現役での入学と異なり、すでにいろいろな経験をしていた私には大学入学の目的も決まっていました。それは、ESS(English Speaking Society)に入り、そこで徹底して英語活動をすることでした。
その理由は、先の専門学校の先生方が全員ESSの先輩であったと同時に、英語をコミュニケーションの道具として磨いていこうという学生団体はESSしかなかったからです。
1970年代当時で英語でディベートやディスカッションをやっている団体は本当にESSしかなかったからです。(英会話を楽しむ団体はいっぱいありましたよ。)
ESSの活動目的は、英語はコミュニケーションの道具であり、世界の様々な人々と意見を交換するための道具であるという前提に立ち、日常英語会話をベースにしてD、D、D、Sという4つの活動にてトレーニングを通して英語力を身につけることでした。
D、D、D、SはDrama, Discussion, Debate, Speechの頭文字をとったもので、Speech Communicationのトレーニング方法です。
私は、先の渋谷の学校を同時に辞めた友人4人と同じ大学に進学し、そのうちの三人とESSに入りました。
Off campus activityとしてESSでの活動はとっても楽しいものでした。しかし、同時に苦しいものでもありました。先に苦しい雰囲気を全面に感じたのですが、4年経ってみると楽しい思い出に包まれたというべきでしょうか。
さあ、これからが具体的な英語学習方法のステップ2になります。
ステップ1は亨先生のタイトルがついて専門学校での「徹底的なインプット」です。
振り返ると、カセットプレーヤーを抱えて、Nancy and Georgeだけでなく、多くの英文やストーリーを覚えました。断片的に覚えている英語表現は今でも使っており、自然に口から出てくる、いわゆる自動化表現がいっぱいあります。
そしてステップ2です。これから毎週4年間のESSでの英語に関する学習方法をお伝えしていきます。そして、海外で学習しなくても、英語の力はEnglish is my second language.と言えるほどになることを証明してまいります。
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2011年3月5日土曜日
帰国後から猛勉強開始
なんだかんだと言っても、当時はそれほど日本人も多くないハワイでした。
楽しくないはずはありません。
紫外線が危険という発想もなく3週間で真っ黒です。
そして、思い出をいっぱい胸につめてホノルル空港から帰国する日になりました。
Northwest航空です。
実はここでも忘れられない思い出がありました。
飛行機に乗ってから、しばらくしたら、飲み物のサービスが始まったのです。
まだ、駐機場に居るときなのでなんだろうと思ったら、機材の調子が悪いので、チェックに時間がかかっているとのことです。
ジュースを飲んでいても直らず、結局全員一度飛行機を降りてから待合室で待つことになりました。
3時間の遅れで、日本(羽田)に向けて出発です。
羽田で待っていてくれた安東君、堀内君、そして坂内君は3時間ずっと待っていてくれました。
さて、帰国してからの生活は一変します。
二年間通う予定でいた専門学校でしたが、ハワイでも出来事が引き金となり、先生方が二派に分かれてしまったのです。
マサ青年もI先生やT先生と共に学校を去ることになります。大学を受験することになります。
9月から半年しか準備時間がありません。大変です。でもやるしかないので、猛勉強をし始めます。
受験大学はそこの学校の先生方の出身校が英語を学ぶにはベストだろうということで、K大学、M大学、そしてD大学の3大学に絞ります。
私学文系ですから、現代国語、古典、社会(1科目)、英語の3教科4科目です。
勉強できる時間は英語学校に通っている昼間以外ですから、自宅に帰ってから朝方まで、毎日勉強を続けます。
これまでの20年間で一番集中して勉強した時期でした。
この英語学校に通ってから、英語の勉強はしていましたが、会話を中心としていましたら、レベルの高い読解は手付かずでした。
小説は大量に読んでいたので、現代文は問題なかったのですが、古典は高校時代でさえ勉強していなかったので、古典文法のルールすら記憶していなかったのでこれは大変でした。そして、社会は以前からやっていた世界史を再度覚え直すことにしました。
この頃は政治経済の方が得意であったのですが、K大学の文学部は入試科目に政治経済がなかったので大変でしたが、世界史を選択しました。
この時は、世界史の学習も通常の受験生とは異なり、まずは、岩波新書の世界の歴史を読み、全体の歴史の流れをインプットし、それから岩波叢書「世界の歴史」全30巻くらいのものを手に入れて徹底的に勉強しました。この勉強方法はマサ青年が塾での指導を始めるときに非常に役立つ学習方法でした。
そして、2月に受験。D大学に合格して、大学生活がスタートです。
では、See you Next Saturday.
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楽しくないはずはありません。
紫外線が危険という発想もなく3週間で真っ黒です。
そして、思い出をいっぱい胸につめてホノルル空港から帰国する日になりました。
Northwest航空です。
実はここでも忘れられない思い出がありました。
飛行機に乗ってから、しばらくしたら、飲み物のサービスが始まったのです。
まだ、駐機場に居るときなのでなんだろうと思ったら、機材の調子が悪いので、チェックに時間がかかっているとのことです。
ジュースを飲んでいても直らず、結局全員一度飛行機を降りてから待合室で待つことになりました。
3時間の遅れで、日本(羽田)に向けて出発です。
羽田で待っていてくれた安東君、堀内君、そして坂内君は3時間ずっと待っていてくれました。
さて、帰国してからの生活は一変します。
二年間通う予定でいた専門学校でしたが、ハワイでも出来事が引き金となり、先生方が二派に分かれてしまったのです。
マサ青年もI先生やT先生と共に学校を去ることになります。大学を受験することになります。
9月から半年しか準備時間がありません。大変です。でもやるしかないので、猛勉強をし始めます。
受験大学はそこの学校の先生方の出身校が英語を学ぶにはベストだろうということで、K大学、M大学、そしてD大学の3大学に絞ります。
私学文系ですから、現代国語、古典、社会(1科目)、英語の3教科4科目です。
勉強できる時間は英語学校に通っている昼間以外ですから、自宅に帰ってから朝方まで、毎日勉強を続けます。
これまでの20年間で一番集中して勉強した時期でした。
この英語学校に通ってから、英語の勉強はしていましたが、会話を中心としていましたら、レベルの高い読解は手付かずでした。
小説は大量に読んでいたので、現代文は問題なかったのですが、古典は高校時代でさえ勉強していなかったので、古典文法のルールすら記憶していなかったのでこれは大変でした。そして、社会は以前からやっていた世界史を再度覚え直すことにしました。
この頃は政治経済の方が得意であったのですが、K大学の文学部は入試科目に政治経済がなかったので大変でしたが、世界史を選択しました。
この時は、世界史の学習も通常の受験生とは異なり、まずは、岩波新書の世界の歴史を読み、全体の歴史の流れをインプットし、それから岩波叢書「世界の歴史」全30巻くらいのものを手に入れて徹底的に勉強しました。この勉強方法はマサ青年が塾での指導を始めるときに非常に役立つ学習方法でした。
そして、2月に受験。D大学に合格して、大学生活がスタートです。
では、See you Next Saturday.
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2011年2月26日土曜日
ハワイでのハプニング
ハワイ事件とは
約束されていたプログラムが実行されなかったことです。
現地ではweekdayの午前中はハワイ大学の教授による授業、午後はいくつかのアクティビティが予定されていました。ハワイ大学(Univ. of Hawaii)の学生たちとの交流ディスカッションも予定されていました。
それがことごとく無くなってしまったのです。理由は現地に着いたときに、現地の旅行法人が倒産したということです。(それ自体が信じられないことですが)
大学教授の授業は2,3時間はありました。広告のコピーに関する授業でした。SONYのポータブルテレビの広告を持ってきて、そのヘッドコピーがSONY IS NOT B…….(あいにく記憶から失われました)
そこで、SONYの発音はソニーではなくて、ソウニィであると学ぶ。それと記憶から外れた造語がソウニィと韻を踏んでいることと、英語は韻を踏む表現が好まれるということを学びます。
そして、自分たちでもコピーを作るように指示されたことを覚えています。
でも、毎日あるはずだったこのような授業は、それでおしまい。他は全て普段私たちを東京渋谷で指導してくれていた、日本人のI先生やS先生、M先生の講義ばかりでした。ホテルの冷房の中での授業は快適ではありますが、ハワイへ行く意味は失われてきました。
もう一つの事件はハワイ大学の大学生との交流です。
その学生は居なかったのです。
それはそうです。夏休みです。
アメリカでは新学期は9月です。8月の下旬に大学生は居ません。
そこで登場したのは、大学で暇をつぶしていた現地の若者たちでした。
彼らとの対話です。何が楽しいですか。
私のグループに来た若者は17歳と14歳くらいです。
馬の世話をしていたということで、馬のブラシを持ってきました。
そして、タバコだの大麻だのの話をして帰りました。
以上です。このようなことが、きっかけになって、その夜から、若い先生たちの部屋に集まって、これはなんとかせんといかんという話になります。
日本に帰って来たときに私は学生自治会を作ることにしました。
高邁な意識に燃えていたマサ少年はあらたな一歩を踏み出すことになるのです。
では、See you Next Saturday.
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約束されていたプログラムが実行されなかったことです。
現地ではweekdayの午前中はハワイ大学の教授による授業、午後はいくつかのアクティビティが予定されていました。ハワイ大学(Univ. of Hawaii)の学生たちとの交流ディスカッションも予定されていました。
それがことごとく無くなってしまったのです。理由は現地に着いたときに、現地の旅行法人が倒産したということです。(それ自体が信じられないことですが)
大学教授の授業は2,3時間はありました。広告のコピーに関する授業でした。SONYのポータブルテレビの広告を持ってきて、そのヘッドコピーがSONY IS NOT B…….(あいにく記憶から失われました)
そこで、SONYの発音はソニーではなくて、ソウニィであると学ぶ。それと記憶から外れた造語がソウニィと韻を踏んでいることと、英語は韻を踏む表現が好まれるということを学びます。
そして、自分たちでもコピーを作るように指示されたことを覚えています。
でも、毎日あるはずだったこのような授業は、それでおしまい。他は全て普段私たちを東京渋谷で指導してくれていた、日本人のI先生やS先生、M先生の講義ばかりでした。ホテルの冷房の中での授業は快適ではありますが、ハワイへ行く意味は失われてきました。
もう一つの事件はハワイ大学の大学生との交流です。
その学生は居なかったのです。
それはそうです。夏休みです。
アメリカでは新学期は9月です。8月の下旬に大学生は居ません。
そこで登場したのは、大学で暇をつぶしていた現地の若者たちでした。
彼らとの対話です。何が楽しいですか。
私のグループに来た若者は17歳と14歳くらいです。
馬の世話をしていたということで、馬のブラシを持ってきました。
そして、タバコだの大麻だのの話をして帰りました。
以上です。このようなことが、きっかけになって、その夜から、若い先生たちの部屋に集まって、これはなんとかせんといかんという話になります。
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2011年2月19日土曜日
再び・暗誦で身につく力
Saturday, February 19, 2011
Martin Luther King Jr. のスピーチはいかがでしたか。
マサがこの演説を最初に聞いたのは、東京都世田谷区経堂の坂下さんという知人のアパートでのことです。
たまたまかけたNHK第2放送のラジオから流れてきたのです。
すごい感動です。
感動はどんな困難でも
乗り越える力を与えてくれます。
彼の奴隷解放への強い意識。
常に死と背中合わせの闘争。
それらがスピーチに鮮烈な力を加えています。
彼の気持ちと波長を合わせなければ、あの力強いスピーチはできません。
マサがI have a dream.の一部を人前で演説するまでに、それから4年の歳月が必要になりました。
さて、マサが通っていた松本亨高等英語専門学校ではハワイへ体験学習をしに行くという秋のツアーがありました。
8月下旬から9月中旬までの3週間のツアーです。
マサはまじめに学習していたので、マサ担当の今井卓美先生から是非行くように進められました。
マサは下宿生活をしていた苦学生でした。
当時の費用で37万円です。
それを親に依願するのは、辛いことですが、マサの母親は承知をしてくれました。
マサは20歳の時です。1973年です。
円ドル固定レートの時代では1ドルが360円でした。(円の内角が360度だから1ドル360円になったという話もあり)
1971年12月~73年前半は協定でドルの切り下げが決められ、1ドルは308年になりました。そして2月に変動相場制へ移行します。変動相場制の導入直後に1ドル=260円台まで円高が進んだが、1973年秋のオイルショックで1ドルは300円近辺まで戻った(有事のドル)。
そんな時代で、外貨の持ち出しも上限が10万円でした。
クレジットカードなど普及していない時代です。
その時に3週間のハワイ旅行です。
当然羽田からの出発です。
使った飛行機会社はNorth West Orient航空
泊まったホテルは
Ala Moanaホテル。
これで旅行費用が37万円。
そうですよね。全期間ホテル住まいで食事もホテルです。
この変から松本亨高等英語専門学校のもう一つ面が見え始め、ハワイ事件が起きるのです。
では、See you Next Saturday.
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マサがこの演説を最初に聞いたのは、東京都世田谷区経堂の坂下さんという知人のアパートでのことです。
たまたまかけたNHK第2放送のラジオから流れてきたのです。
すごい感動です。
感動はどんな困難でも
乗り越える力を与えてくれます。
彼の奴隷解放への強い意識。
常に死と背中合わせの闘争。
それらがスピーチに鮮烈な力を加えています。
彼の気持ちと波長を合わせなければ、あの力強いスピーチはできません。
マサがI have a dream.の一部を人前で演説するまでに、それから4年の歳月が必要になりました。
さて、マサが通っていた松本亨高等英語専門学校ではハワイへ体験学習をしに行くという秋のツアーがありました。
8月下旬から9月中旬までの3週間のツアーです。
マサはまじめに学習していたので、マサ担当の今井卓美先生から是非行くように進められました。
マサは下宿生活をしていた苦学生でした。
当時の費用で37万円です。
それを親に依願するのは、辛いことですが、マサの母親は承知をしてくれました。
マサは20歳の時です。1973年です。
円ドル固定レートの時代では1ドルが360円でした。(円の内角が360度だから1ドル360円になったという話もあり)
1971年12月~73年前半は協定でドルの切り下げが決められ、1ドルは308年になりました。そして2月に変動相場制へ移行します。変動相場制の導入直後に1ドル=260円台まで円高が進んだが、1973年秋のオイルショックで1ドルは300円近辺まで戻った(有事のドル)。
そんな時代で、外貨の持ち出しも上限が10万円でした。
クレジットカードなど普及していない時代です。
その時に3週間のハワイ旅行です。
当然羽田からの出発です。
使った飛行機会社はNorth West Orient航空
泊まったホテルは
Ala Moanaホテル。
これで旅行費用が37万円。
そうですよね。全期間ホテル住まいで食事もホテルです。
この変から松本亨高等英語専門学校のもう一つ面が見え始め、ハワイ事件が起きるのです。
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2011年2月12日土曜日
再び・暗誦で身につく力
Saturday, February 12, 2011
先週、「英語は話せばいいんだよ。」とは言いますが、話す前にインプットをしなければ話せません。
インプット無いところにアウトプットはありえませんともうしあげました。
これもスマイル・マサの標語の一つにしたいと思います。
なぜかと言うと、しっかりとしたインプットプロセスを通過させることなく、昔の記憶を頼りに英語会話を指導して、英会話力を伸ばしているように錯覚させている英語スクールいまだに存在していることへのpetit resistanceです。
中学校、高等学校での基本的な英語記憶があれば、単語を並べて、英語を話せた気分になったりする生徒やそれを良しとする外国人教師のなんと多いことか。
そんなことで、英語力がつくわけはありません。
まずは、すっきりと基本から英語を正しく学びなおす方が、英語技能習得の近道です。
外国人との会話は、(その雰囲気になれるという目的を除けば)インプット、練習(インプット←→アウトプット)、修正と確認というプロセスを通ってから始めることをお勧めします。
さて、先週に引き続き、インプットです。
整理すると、
1.会話(双方向コミュニケーション)
2.有名な演説(一方向コミュニケーション)
の二つを紹介しました。
そして、有名な演説を覚えて練習するときには、
その演者(リンカーンやケネディなど)に
成りきって練習をするのです。
成りきるとは、その人がどのような
気持ちでその演説を書いたのか、
その背景までを知ることです。
とは言え、理想ばかりでは、
前に進めないことも多いので、
とにかく、その演説を聴いてみてください。
特に、生の演説を聴いてみてください。
Martin Luther King Jr.の
I have a dream.を聴いてください。
感動があなたを動かすでしょう。
You tubeでチェックしてみてください。
See you Next Saturday.
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2011年2月5日土曜日
続々・暗誦で身につく力
Saturday, February 5, 2011
「英語は話せばいいんだよ。」とは言いますが、話す前にインプットをしなければ話せません。
インプット無いところにアウトプットはありえません。
そこで、今日もまたインプットです。
松本亨高等英語専門学校時代には、Nancy and GeorgeとHelen and I を真剣に覚えたのですが、これらは、会話です。やはり相手が居てこそ楽しいものです。
Nancy and Georgeの中では、GeorgeがNancyに対して、
Well, I’m thinking about our future.と言い、Nancyが“Our future?”と答える台詞がありました。
この場面をFさんと実施するのが楽しくて、どきどきしてとっても良かった記憶があります。
このような記憶は一生忘れない、「エピソード記憶」になるので、印象に残るように、真剣にそして一生懸命に覚えるのが、インプットで力をつけるコツです。
さて、相手が居ない場合には、有名人のスピーチを覚えるのが良い練習になります。
日本語であれば、私は落語や浪曲を覚えるのも大好きでした。
二代目広澤寅三の「石松代参」や「三十石船」などのシリーズを聞いて覚えることが大好きでした。
特に「三十石船」は森の石松が船の上で、「すし食いねえ」という有名な台詞を言うシーンがあるもので、知っている人も多かったと思います。
英語でも日本語でも、声に出して読みたいと思わせる作品を覚えることは、綺麗で役立つ表現を覚えることができるので、是非お勧めです。
私が最初に覚えたスピーチは、リンカー大統領のGettysburgの演説です。
南北戦争の戦いの場。多くの死者が倒れている、その場所で、南も北は統一してこの新しい国をつくらなければいけない。人民の人民による人民のための政治は永遠に不滅ですという内容のスピーチは、初心者が覚えてパフォーマンスするには最適なものの一つです。
演説の時間も3分間程度というとても手軽なものです。
Fourscore and seven years age, our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in liberty and dedicated to the proposition that all men are created equal.
でスタートします。そして、このall men are created equal.はJFKやオバマ大統領の演説にも引き継がれていく有名な台詞なのです。
See you Next Saturday.
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2011年1月29日土曜日
続・暗誦で身につく力
Saturday, January 29, 2011
暗誦はinput 作業です。
Nancy and Georgeのように文化背景まで知ることができる
教材もあります。
インプット(input)をしたら
アウトプット(output)もしなければいけません。
outputは出来る限り“リアリティー”がある環境の中で
実施することが重要になります。
そのために、ストーリーがある会話物はドラマ化・
寸劇化(dramatize)をすることがもっとも楽しく
練習する方法だと思います。
特にNancy役とGeorge役になっていれば、
それこそRomeo and Julietのような役どころなので、
どきどきしてドラマ化した劇(dramatization)ができるので、
結構みんなからうけていました。
また、場面ごと英語を覚えるので、その場面に自分が
置かれたときに条件反射で適材な表現が口をついて
出てくるようになります。
しっかりと覚えて、覚えた後も使っている表現は、
かれこれ35年以上たった今でも、
条件反射と同じように口からでてきます。
認知科学では、これを「自動化した状態」といいます。
もちろん英語全てが自動化して身についているわけではなりません。
ある限られた条件において「自動化」という作用が発生しているのですが、このくらいになるまで確実にinputし、幾度もoutputと検証を繰り返さなければいけません。
「Nancy and George」に登場して、
今でもマサが使う表現の一部
What do eggs have to do with age?
「卵と歳にどんな関係があると言うの?」
「卵と歳って関係ないでしょ。」
I can’t put my finger on it yet.
「まだ、確実なことはいえないけど。」
「まだ、確証をつかんだわけではないんだけど。」
He is burning the mid-night oil.
「やつは遅くまで何かに没頭してる。」
「夜なべをしてるぜ。」
Are you still up?
「まだ、起きてるの?」
「また、寝てないの?」
This may not be a right time to ask this.
「今、言ってよいのかどうかわからないけど。」
「今、言うべきか迷うけど。」
It’s the bottom of seventh inning.
(野球用語)「7回の裏」
George is at bat and Nancy is in the stand.
(野球用語)「ジョージの打席です。ナンシーはスタンドにいます。」
The line drive off the George’s bat came like a bullet into the stand
and hit Nancy .
(野球用語)「ジョージのバットから放たれたラインドライブは弾丸のようにスタンドへ飛び込みナンシーを直撃しました。」
How can you be so tolerant with him?
「どうしてそんなに寛容になれるの?」
I’ll never be able to forgive him.
「彼を絶対に許せないわ。」
皆さんも、英語会話のトレーニングをしている時期は、
その教材の人まとまりの単元をすっかりと暗唱(暗誦)
できるようになるまで、徹底して暗記をしてください。
そうすることで、ご自身の英語力が「ぐ~んと」伸びることを
保証します。
ご自信のレベルと目的に合わせれば、教材はどれでも構いませんが、
最良の教材の一つはラジオ英会話などNHKのラジオものが
良いと思います。
「ラジオ英会話」「やさしいビジネス英語」などはお勧めです。
テレビ教材はあまり全体を暗記するようには作られていません。
See you Next Saturday.
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2011年1月22日土曜日
暗誦で身につく力
Saturday, January 22, 2011
会話教材、Nancy and George はCatholicの家庭に育ったNancyとProtestantの家庭のGeorgeとの恋愛物語です。
同じキリスト教であっても宗派の違いは、当時のアメリカでは人種差別問題と並んで大きな社会問題でした。
若い2人が困難を乗り越えて行く、ある意味、
Romeo and Juliet の
ハッピーエンドバージョンというところです。
出だしのナレーションは次の通りです。
マサの記憶のポケットから出しますから、もしも、違う点があれば、コメントにてご指摘ください。
ただし著作権の問題が有りますから、名前は意図的にイニシャルにしています。
N, 17, is the only child of Mr. and Mrs. Wil-.
George, 18 is the oldest son of Mrs.Mac-.
They live in Middle town, USA .
One morning, in the William’s home.
Mrs. M. “Eat your egg, Nancy .”
Mrs. M. “You always like them, didn't you?”
But I'm going to be 17 next month.”
と、まあこんな内容で始まります。
当時のアメリカの日常生活を通して、文化背景を理解しながら英語表現を体得するようになっています。
今とは違いアメリカの生活と日本の生活との圧倒的な差をしっかりと認識しながら言葉を学ぶ。
英語はアメリカを理解する道具(コミュニケーションツール)だと言う、
当時の言語学習の指導方針が見えていますね。
異文化理解はこのようなストーリー仕立ての暗誦という単純ではあるけれどかなりハードな作業を通して身につけられることが、暗誦の一つのメリットでしょう。
この行動を進化させていくと、英語ドラマの実施ということになります。
そうなると異文化をしっかりと理解しなければ、台詞に感情を加えることはできませんね。
さてその文化理解という視点で一つ問題です。
「ナンシーはなぜ卵を食べたくないと言ったのでしょうか?」
これはナレーションとナンシーの台詞から類推できます。
ナンシーは来月17歳になります。ですから、この段階では16歳ですね。
映画「サウンドオブミュージック」にも
“I am sixteen, going to be seventeen.”
という歌があるように、16歳、17歳の女の娘の気持ちはとても微妙です。
また、英語世界では、sweet sixteenという大きなパーティがあるほどの重要な年齢です。
まぁ、世界的にもお年頃の年齢です。ですから、shapeとpostureには思いっきり気を使いたいという気持ちの表れと、「もう子どもじゃないんだから」という気持ちの現れでしょう。
このような解釈をinterpretationと言って、台詞を言う感情の入れ具合をどうするかを決定する要素になります。
余談ですが、みなさんはティーンエージャーという言葉をお使いになりますか。英語のスペルはteenagerです。日本語に翻訳すると「10代」ということですが、英語では何歳から何歳だと思いますか。
teenがついていますから、答えは、
thirteen, fourteen, fifteen, sixteen,
seventeen, eighteen, nineteenです。
さて、ここまで書いて発見したのですが、
sixteenはteenのちょうど真ん中です。
これも面白いですね。
女の子にとって16歳はとっても重要な年齢なのですね。
では、このコーナーでは次週土曜日にお会いしましょう。
2011年1月15日土曜日
「暗誦をするとは」
Saturday, January 15, 2011
マサが通った専門学校(松本 亨学校)は渋谷の宮益坂にありました。渋谷郵便局の手前でした。マサは、渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線の西永福という場所で生活を始めました。
渋谷までは15分の距離です。閑静で快適な居住空間でした。ただし一軒家の中にあったいくつかの部屋を数名で間借りしていたのですが。その分誰彼とも仲良くなれて寂しい想いはしませんでした。
さて、専門学校の授業が始まりました。マサは「絶対一生懸命」と心に決めていましたので、すべてに積極的に行動していました。
多くの授業が一年生にはインプットを中心とした授業でした。理事長の森タカノブ氏の授業では日常会話表現をインプット(覚える)授業でした。
1日目にオリエンテーションがあり、3ページ分位を覚えてくるという宿題がでました。マサは真剣に覚えました。しかり、それは自分なりの覚え方でした。
授業当日、タカノブ氏が“Does anyone want to recite?”(誰か発表したい人は?)と聞きます。
マサは当然手を挙げました。マサが当たります。なぜなら、誰も手を挙げなかったからです。
一通りの発表後、タカノブ氏は、こう教えてくれました。
1.発表というのは、ただ読めば良いわけではない。
2.意味を理解して、感情をこめろ。
3.英語で感情を込めると、音にはイントネーションやリズムがつくんだ。
4.それらをバランスよく、スピードをも考えて発表する。
5.それがreciteだ。
と教えてくださいました。
(実際はクソミソに言われたのですが、その学校では英語だけでの指導ですから、幸にもマサ少年はまだそこまで英語が聞き取れなかったので、クソミソ気分にならずに済んだ。別の言い方をすれば、十分に通じなかったということです。)
とにかく、その時間以降、マサ少年は暗記と暗誦をすることに徹底して頑張るようになります。
その練習方法は......
1.覚えるべき範囲の日本語訳を全部頭にいれる。
2.意味を理解したら、テープを聞きまくる。
(当時は今は無き「ラジオカセットテープレコーダー」別名「ラジカセ」という機材で録音されたテープを聞いていました。これが何かわからない人は調べてね。)
3.聴くときはいつでもどこでも聴くために、縦25cm、横40cm、奥行5cm位で重さが5kgのラジカセを持ち歩いて聴く。
4.テープと全く同じ速度、同じ発音になるまで繰り返し練習する。
5.発音をするときには、口を鏡に映して、どの音を出すのにはどんな口の形や舌の動きをしたら良いのかをチェックする。
6.台本(教科書)を見ないでも、途中からでも言えるようにする。
他のどの教材を覚えるときでもこの方法を実行しました。
今考えると凄いです。
Sラーニングというように、自然に聞き流す方法などで話せるようになるには1年間も聞いてなければいけないかもしれませんが、この方法では短期間に相当の量の英語がインプットされます。
覚えるということ、外国語をインプットするということの基本はここにあるということです。
これで半年もしないうちに150ページほどの会話本を3冊、20ページほどの短編を1冊、丸暗記しました。それに加えて、我々の間でヒットだったのは、Nancy と Georgeというストーリー物、そして、松本先生が第二次世界大戦中にカリフォルニアで捕虜生活を強いられていたときの実話に基づく、Helen and Iというストーリー物の2冊、合わせて6冊の本をほぼ完全暗記したのですから、そのインプット量は相当なものです。
特にNancy and Georgeは今でも相当部分を覚えています。(続)
http://twitter.com/MasamiAsai/
マサが通った専門学校(松本 亨学校)は渋谷の宮益坂にありました。渋谷郵便局の手前でした。マサは、渋谷と吉祥寺を結ぶ井の頭線の西永福という場所で生活を始めました。
渋谷までは15分の距離です。閑静で快適な居住空間でした。ただし一軒家の中にあったいくつかの部屋を数名で間借りしていたのですが。その分誰彼とも仲良くなれて寂しい想いはしませんでした。
さて、専門学校の授業が始まりました。マサは「絶対一生懸命」と心に決めていましたので、すべてに積極的に行動していました。
多くの授業が一年生にはインプットを中心とした授業でした。理事長の森タカノブ氏の授業では日常会話表現をインプット(覚える)授業でした。
1日目にオリエンテーションがあり、3ページ分位を覚えてくるという宿題がでました。マサは真剣に覚えました。しかり、それは自分なりの覚え方でした。
授業当日、タカノブ氏が“Does anyone want to recite?”(誰か発表したい人は?)と聞きます。
マサは当然手を挙げました。マサが当たります。なぜなら、誰も手を挙げなかったからです。
一通りの発表後、タカノブ氏は、こう教えてくれました。
1.発表というのは、ただ読めば良いわけではない。
2.意味を理解して、感情をこめろ。
3.英語で感情を込めると、音にはイントネーションやリズムがつくんだ。
4.それらをバランスよく、スピードをも考えて発表する。
5.それがreciteだ。
と教えてくださいました。
(実際はクソミソに言われたのですが、その学校では英語だけでの指導ですから、幸にもマサ少年はまだそこまで英語が聞き取れなかったので、クソミソ気分にならずに済んだ。別の言い方をすれば、十分に通じなかったということです。)
とにかく、その時間以降、マサ少年は暗記と暗誦をすることに徹底して頑張るようになります。
その練習方法は......
1.覚えるべき範囲の日本語訳を全部頭にいれる。
2.意味を理解したら、テープを聞きまくる。
(当時は今は無き「ラジオカセットテープレコーダー」別名「ラジカセ」という機材で録音されたテープを聞いていました。これが何かわからない人は調べてね。)
3.聴くときはいつでもどこでも聴くために、縦25cm、横40cm、奥行5cm位で重さが5kgのラジカセを持ち歩いて聴く。
4.テープと全く同じ速度、同じ発音になるまで繰り返し練習する。
5.発音をするときには、口を鏡に映して、どの音を出すのにはどんな口の形や舌の動きをしたら良いのかをチェックする。
6.台本(教科書)を見ないでも、途中からでも言えるようにする。
他のどの教材を覚えるときでもこの方法を実行しました。
今考えると凄いです。
Sラーニングというように、自然に聞き流す方法などで話せるようになるには1年間も聞いてなければいけないかもしれませんが、この方法では短期間に相当の量の英語がインプットされます。
覚えるということ、外国語をインプットするということの基本はここにあるということです。
これで半年もしないうちに150ページほどの会話本を3冊、20ページほどの短編を1冊、丸暗記しました。それに加えて、我々の間でヒットだったのは、Nancy と Georgeというストーリー物、そして、松本先生が第二次世界大戦中にカリフォルニアで捕虜生活を強いられていたときの実話に基づく、Helen and Iというストーリー物の2冊、合わせて6冊の本をほぼ完全暗記したのですから、そのインプット量は相当なものです。
特にNancy and Georgeは今でも相当部分を覚えています。(続)
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2011年1月8日土曜日
英語「虎の穴」スタート
Saturday, January 8, 2011
マサが「松本亨高等英語専門学校」での生活がスタートします。
ここから始まった本格的な英語学習は、英語を身につけようとしている皆さんのヒントになれば良いと思っています。
もちろん、当時と現在の学習環境やツールが大きく変わっています。
進化しているものもあれば、退化して消滅してしまったものもあります。
大切なことは、「良い物は良い」、たとえ消滅してしまったものでも、「良い物は良い」と考える姿勢です。
それ以上に押さえておくべきは、勉強や研究の前提としてのモチベーションと強い意思が肝心であるということです。
松本亨高等英語専門学校は文部科学省が認可をした学校法人ではありませんでしたが、集う先生たちは歴史を変えようという気合が入っていました。日本の英語教育を創り上げるという熱意に燃えたぎっていました。
2年制の専門学校で、1年目に英語でもコミュニケーション力の基盤をしっかりと身につけ、2年目はその力を伸ばすために、ディベートなど高度なトレーニングをしつつ、海外の大学のリベラルアーツの授業のように一般教養や時事問題などを学びます。もちろんすべて英語で行われます。
We, as students of Toru Matsumoto Higher School of English Language, will be able to hear, speak, read and write English as well as well-educated native speakers of English language.
という文が目立った「宣誓書」を録音させられました。(これは数カ月して英語の発音がどのくらい伸びたのかを確認するためのものでもありました)
ただネイティブスピーカーと同じにではなく、「高等教育を受けたネイティブスピーカーと同じレベルの英語力」を身につけるということですから、まるで英語の「虎の穴」です。
実際にその通りのトレーニングがここから続きます。
その1は日常生活のなかにおいても英語以外の言葉は使ってはいけないということでした。
その2は英語で会話ができない友達はいらないということでした。
その3は英語以外のメディアを遠ざけるということでした。
これらを完璧に守ることは実際生活情不可能ではありましたが、それに近い状況はすべてやっていくという生活がスタートしたのです。
これは実は難しいことではありませんでした。そして3週間もしないで英語で夢を見るようになり、3ヶ月後にはマサ少年でさえハワイのLocalに現地人と間違えれる程度にはなるのです。
では、そこでどのようなトレーニングが行われていたのでしょうか。その一つひとつを次週から紹介していきます。
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