Saturday, February 19, 2011
Martin Luther King Jr. のスピーチはいかがでしたか。
マサがこの演説を最初に聞いたのは、東京都世田谷区経堂の坂下さんという知人のアパートでのことです。
たまたまかけたNHK第2放送のラジオから流れてきたのです。
すごい感動です。
感動はどんな困難でも
乗り越える力を与えてくれます。
彼の奴隷解放への強い意識。
常に死と背中合わせの闘争。
それらがスピーチに鮮烈な力を加えています。
彼の気持ちと波長を合わせなければ、あの力強いスピーチはできません。
マサがI have a dream.の一部を人前で演説するまでに、それから4年の歳月が必要になりました。
さて、マサが通っていた松本亨高等英語専門学校ではハワイへ体験学習をしに行くという秋のツアーがありました。
8月下旬から9月中旬までの3週間のツアーです。
マサはまじめに学習していたので、マサ担当の今井卓美先生から是非行くように進められました。
マサは下宿生活をしていた苦学生でした。
当時の費用で37万円です。
それを親に依願するのは、辛いことですが、マサの母親は承知をしてくれました。
マサは20歳の時です。1973年です。
円ドル固定レートの時代では1ドルが360円でした。(円の内角が360度だから1ドル360円になったという話もあり)
1971年12月~73年前半は協定でドルの切り下げが決められ、1ドルは308年になりました。そして2月に変動相場制へ移行します。変動相場制の導入直後に1ドル=260円台まで円高が進んだが、1973年秋のオイルショックで1ドルは300円近辺まで戻った(有事のドル)。
そんな時代で、外貨の持ち出しも上限が10万円でした。
クレジットカードなど普及していない時代です。
その時に3週間のハワイ旅行です。
当然羽田からの出発です。
使った飛行機会社はNorth West Orient航空
泊まったホテルは
Ala Moanaホテル。
これで旅行費用が37万円。
そうですよね。全期間ホテル住まいで食事もホテルです。
この変から松本亨高等英語専門学校のもう一つ面が見え始め、ハワイ事件が起きるのです。
では、See you Next Saturday.
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