2011年4月10日日曜日

しばらく休止宣言 アメブロへ引越し

読者の皆様

長い間、アクセスしていただきありがとうございました。

事情により、このコーナーはしばらく休止させていただきます。
なお、このコーナーのブログはすべて、
アメブロへ引越しさせていただきました。

http:ameblo.jp/e-family-ma

です。
引き続き、アメブロで
ご継続をお願いいたします。

2011年4月9日土曜日

ESSでのその後3

マサが大学の代表としてディベートの大会に出場したのは、2回です。それだけ?と言ってはいけません。年間5回の大きな大会が当時実施されていましたが、マサの大学ESSには相当数のメンバーがいて、学内予選にて勝ち抜かなければ出場はできない。ちなみに、学内予選にも審査員は必要で、そのほとんどはOBの先輩に登場してもらうことになる。サークル全体を通して盛り上がる活動なのであった。
年間5回の内容は、関東学生英語会連盟(KUEL)主催の春の5人制ディベート、同じく秋の大会、東京学生ディベートリーグ(TIDL)主催の春のディベート、上智大学が主催する上智杯ディベート、朝日新聞が主催する朝日杯ディベートでした。
マサ青年は、朝日杯とKUELの秋の大会に出場した。東日本大会では第3位、その後の全国大会では残念ながら神戸女学院大学に敗退して、全国ベスト8でESSの活動を終了することになりました。
しかしながら、ディベートの経験は英語力という面では相当の力をつけてくれました。
単なる英語会話でもなく、英語を駆使して限られた時間の中で討論する技術と英語力はそのまま欧米の大学や大学院へ進学しても十分に通じるものになりました。特に話す力は、それこそマシンガントークの力がついていました。

ただし、マサ青年には最大の欠点があったのです。
マサ青年は高校時代に勉強をしていなかったので肝心の文法力が弱かったことです。これは実は語学学習には致命的で、リーディングでインプットをするにも他人よりも時間がかかった、言い換えれば同じ時間で得られる情報が少ないということになりました。

さて、マサ青年は英語文法力をどのようにつけていくのか。それはまだ先のことになります。在学4年目のマサ青年は、英語の組織を束ねるべく、前述の関東学生英語会連盟の委員長として、関東以北の43大学のESSの活動を支援する立場になります。(在籍大学では3年次に執行部の委員長を担当しました。)そこで、大学の枠を超えて、他の大学の仲間と仕事をすることになります。マサ青年はそのような関係で、大学生でありながら、3年次、4年次はほとんど毎日ネクタイとスーツまたはブレザーを着用し、当時流行していたアタッシュケースを持って大学に通うという生活をしていました。

このことは大学を出てから非常に役にたちました。


See you Next Saturday.

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2011年4月2日土曜日

ESSでのその後2

マサが主体的に参加していた活動はディベートであった。
その理由はDrama, Discussion, Debate, Speechという
4つの活動でもっとも脚光を浴びそうであったから。
そして、仲間とともに作り上げることができるから
という面だったのでしょうか?

今から30年以上も前にはディベートという言葉を
知っている日本人は相当に少数でありましたし、
まして、英語をディベートを行うということ自体が
マイナーではありました。

大学生とそれに協力してくださった大学や語学学校の先生、
そして企業の方々の応援で相当規模が大きい全国レベルの
大会が行われていました。

マサの所属ESSでは、それらの大会のうち、年間4回の大会に挑戦していました。そしてそのほとんどの大会で実績を挙げていました。
マサが挑戦した大会でのディベートトピックには
次のようなものがありました。
(正確に記憶していないものもありますので、
使用している英語表現に当時に使われていたものと
一致しないものがあるかもしれません。)


Resolved that;
Japan should ratify the peace and amity treaty
        with People’s Republic of China.
「中国と平和友好条約を結びましょうよ。」
          …田中角栄訪中前のことです。

Resolved that;
Euthanasia should be legally admitted.
「安楽死を法的に認めましょう。」
  …植物状態のカレンアンクウィンランさんの問題があった頃です。

Resolved that;
Ministry of Education’s Textbook authorization system
                   should be abolished.
「文部省による教科書検定制度は廃止しましょうよ。」
   …家永裁判中のことです。

Resolved that;
Food reservation system should be introduced
             by the United Nations.
「国連による食料備蓄制度は導入されるべき。」
   …ローマクラブの発表が問題になった頃です。

Resolved that;
United Nations should control the price of Crude Oil.
「原油価格は国連によって統制されるようにしましょう。」
   …オイルショックの頃です。

そして、
Resolved that; Atomic Power plant should be abolished.
「原子力発電所は廃止されるべきだ。」
…当時から誰の心の中にも不安があったのですね。

この時の「肯定側」のロジックは万が一が有り得るということで、
万が一が重なるとどんなフェイルセーフシステムも機能しなくなる。
その時の被害は当時の人間には推し量ることができないので、
万が一の際のマネジメントもできないということでした。

「否定側」のポイントは万が一がありえない。
ECCS(緊急炉心冷却装置)がどんな事故でも
正確に機能して安全を守るということでした。
まさか、この状況が現実になるとは。

とにかく、東京電力幹部と科学者たちの冷静な対策と、
周辺にいる私たち全員の冷静な行動が、被災地の人々を守ります。
みなさん、買占めなど、逆に買い控えなど風評による軽薄な行動を慎みましょうよ。


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2011年3月26日土曜日

ESSでのその後1

震災の復興に頑張っている人々、原子力発電の安全を保つために命をかけている方々に心よりお礼申し上げます。

私たちの所属していたESSは文科系のサークル活動ではありましたが、内容もメンバーも体育系でした。部員は200名を超えていましたが、卒業時点では10名から
20名程度に減ってしまいます。理由は様々ですが、途中で去っていく人々は、生活時間の大半を部活に費やさねばいけない点と体育系の頑強なヒエラルキーシステムなどの特殊事情が英語学習者の意識と乖離していた部分はあったのではないかと思います。しかし、体育系と思われるほどの真剣なトレーニングの成果を素晴らしく特にSpeechとDebateでは全国レベルの大活躍をしていました。

学生マサは一回生のときにも、Debate大会で四回生が全国1位になりました。素晴らしい人々の集団でした。ただし、学生マサは、余りに保守的で体制的な雰囲気になじめませんでした。

とは言え、英語をまじめに真剣にやろうと言う考えで大学に入ったのですから、頑張らなければいけません。スピーチ系には力を入れており、二回生になる際には、JFKの大統領就任演説を覚えることになります。
We observe today not a victory of party, but a celebration of freedom -- symbolizing an end, as well as a beginning -- signifying renewal, as well as change. For I have sworn before you and Almighty God the same solemn oath our forebears prescribed nearly a century and three-quarters ago.
と言うフレーズで始まる、アメリカ大統領最高の演説といわれるものです。

http://www.americanrhetoric.com/speeches/jfkinaugural.htm


まあ、適当にやる部分では力を抜きつつ、参加していました。それがまじめにやっていれば、相当なレベルまで短期間で駆け上がったのでしょうが、生来の怠け癖がでてしまいました。

大学内ではESSへのアンチ体制もありました。特にGというアメリカ人の教授は大いに批判的でした。批判的であるというので、一度スピーチの原稿をチェックしていただくことを口実に、何故批判的な支店でESSを見ているのかを伺ったことがあります。

その批判には大きな意味がありました。それは、ESSのメンバーは英語を話しているが、語彙や文法に間違いが多くネイティブスピーカーである自分には容認すべからぬように思える。しかし手をさし伸ばしても、ESSのメンバーは英語はコミュニケーションを取ることを優先し、英語自体の勉強をしているのではないと言うわけのわからぬことを言って寄せ付けない。彼はそのような考え方がは認められないと言う。
今から考えると、彼の意見は正論であり、今のスマイル・マサは支持をする。もちろん当時の学生マサもその意見は正しいと思ったが、実際には英語自体を学習することを広めようとはしなかった。

ネイティブスピーカーであり且つ大学の英語教授の意見を取り入れずに、自分たちの考えを押しとおすのも傲慢ではあった。自分たちの言語(私たちにしてみると日本語)が文法も語彙も不適切に使われていれば、その言語を母語としてる人には耐えられないことだろう。どうしてそのような配慮ができない集団であったのだろうか。

とにかくソウコウしながら、学生マサも三回生としてESSの中核である運営幹部になることになる。



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2011年3月19日土曜日

ESSでの最初の活動

震災の影響は私たちの生活に暗い影を落としていますが、
津波と地震でお亡くなりになられた方々、ご家族も資産も失われた方のお気持ちは本当にお辛いと思います。一日も早い復興をお祈りいたします。


先週も申し上げましたが、ESS(English Speaking Society)では今から40年も前にコミュニケーションツールとして英語を学んでいました。英会話とは一線を画していました。今でこそ、高校生英語ディベートコンテストなどが毎年実施されていますが、そのようなイベントを主導している人たちはほとんどが大学時代にESS所属していた人です。

私たちは毎日お昼時間にNoon Practiceという時間を設けて、NHKラジオ英会話を使って会話トレーニングをしていました。それはかなり厳しくて完全の暗誦できて、さらに実際の会話のように対話をしなければいけませんでした。さらに一回生のときにはDrama, Discussion, Debate, Speechの基礎版を夏休みまでの4ヶ月で全部実施することになっていました。DramaはDramatization Contest, Debate はJunior Debate, Speech ではRecitation Contestがありました。それらの活動の中で最も楽しく、大掛かりなイベントはFreshman Discussionです。関東地域にある大学のESSに入会した一回生が一同に集い、彼らをサポートする先輩も全員集まる大イベントです。

マサ青年の英語活動も、このFreshman Discussion(会場は吉祥寺の成蹊大学でした)でスタートしました。次に控えていた活動は、Recitation Contest。これは学内での活動でしたが、先輩がコーチとして一回生の発音や表現力をチェックし、トレーニングしてくれる活動です。

暗誦するテーマは、アメリカ16代大統領のLincolnのゲティスバーグの演説でした。
この演説は the government of the people, by the people and for the people shall not perish from the earth.というフレーズで終わる有名な演説ですが、終わりよりも出たしが印象的です。
Four score and seven years ago, our father brought forth on this continent, a new nation, conceived in liberty and dedicated to the proposition that all men are created equal.
「全ての人類は皆平等なのだ」という最後のフレーズも大きな印象を与えますし、JFKの就任演説でもMartin Luther King Jr. のI have a dreamでも登場する有名なフレーズです。

マサ青年は、それ以上にfour scoreという言葉に感動しました。scoreは20年という単位です。英語の世界では10年をdecade、20年をscoreと言います。ですから、four scoreは4×20で80を表します。

こんな小さなことでも英語と日本語の違いに感動する気持ちが今のスマイル・マサにとっても役立っています。

マサ青年はこのRecitation Contestで優勝タイトルを手にします。私のコーチをしてくれた大原先輩に心から感謝申し上げます。

See you Next Saturday.

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2011年3月12日土曜日

大学生活開始〔目的はESS〕

***昨日の地震で被害にあわれた方々のお気持ちをお察し申し上げます。
また、命を落とされた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。***




現役での入学と異なり、すでにいろいろな経験をしていた私には大学入学の目的も決まっていました。それは、ESS(English Speaking Society)に入り、そこで徹底して英語活動をすることでした。
その理由は、先の専門学校の先生方が全員ESSの先輩であったと同時に、英語をコミュニケーションの道具として磨いていこうという学生団体はESSしかなかったからです。

1970年代当時で英語でディベートやディスカッションをやっている団体は本当にESSしかなかったからです。(英会話を楽しむ団体はいっぱいありましたよ。)

ESSの活動目的は、英語はコミュニケーションの道具であり、世界の様々な人々と意見を交換するための道具であるという前提に立ち、日常英語会話をベースにしてD、D、D、Sという4つの活動にてトレーニングを通して英語力を身につけることでした。
D、D、D、SはDrama, Discussion, Debate, Speechの頭文字をとったもので、Speech Communicationのトレーニング方法です。

私は、先の渋谷の学校を同時に辞めた友人4人と同じ大学に進学し、そのうちの三人とESSに入りました。

Off campus activityとしてESSでの活動はとっても楽しいものでした。しかし、同時に苦しいものでもありました。先に苦しい雰囲気を全面に感じたのですが、4年経ってみると楽しい思い出に包まれたというべきでしょうか。

さあ、これからが具体的な英語学習方法のステップ2になります。

ステップ1は亨先生のタイトルがついて専門学校での「徹底的なインプット」です。

振り返ると、カセットプレーヤーを抱えて、Nancy and Georgeだけでなく、多くの英文やストーリーを覚えました。断片的に覚えている英語表現は今でも使っており、自然に口から出てくる、いわゆる自動化表現がいっぱいあります。

そしてステップ2です。これから毎週4年間のESSでの英語に関する学習方法をお伝えしていきます。そして、海外で学習しなくても、英語の力はEnglish is my second language.と言えるほどになることを証明してまいります。



では、See you Next Saturday.

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2011年3月5日土曜日

帰国後から猛勉強開始

なんだかんだと言っても、当時はそれほど日本人も多くないハワイでした。
楽しくないはずはありません。
紫外線が危険という発想もなく3週間で真っ黒です。

そして、思い出をいっぱい胸につめてホノルル空港から帰国する日になりました。
Northwest航空です。
実はここでも忘れられない思い出がありました。
飛行機に乗ってから、しばらくしたら、飲み物のサービスが始まったのです。

まだ、駐機場に居るときなのでなんだろうと思ったら、機材の調子が悪いので、チェックに時間がかかっているとのことです。
ジュースを飲んでいても直らず、結局全員一度飛行機を降りてから待合室で待つことになりました。
3時間の遅れで、日本(羽田)に向けて出発です。

羽田で待っていてくれた安東君、堀内君、そして坂内君は3時間ずっと待っていてくれました。

さて、帰国してからの生活は一変します。
二年間通う予定でいた専門学校でしたが、ハワイでも出来事が引き金となり、先生方が二派に分かれてしまったのです。

マサ青年もI先生やT先生と共に学校を去ることになります。大学を受験することになります。
9月から半年しか準備時間がありません。大変です。でもやるしかないので、猛勉強をし始めます。

受験大学はそこの学校の先生方の出身校が英語を学ぶにはベストだろうということで、K大学、M大学、そしてD大学の3大学に絞ります。

私学文系ですから、現代国語、古典、社会(1科目)、英語の3教科4科目です。

勉強できる時間は英語学校に通っている昼間以外ですから、自宅に帰ってから朝方まで、毎日勉強を続けます。

これまでの20年間で一番集中して勉強した時期でした。

この英語学校に通ってから、英語の勉強はしていましたが、会話を中心としていましたら、レベルの高い読解は手付かずでした。
小説は大量に読んでいたので、現代文は問題なかったのですが、古典は高校時代でさえ勉強していなかったので、古典文法のルールすら記憶していなかったのでこれは大変でした。そして、社会は以前からやっていた世界史を再度覚え直すことにしました。
この頃は政治経済の方が得意であったのですが、K大学の文学部は入試科目に政治経済がなかったので大変でしたが、世界史を選択しました。

この時は、世界史の学習も通常の受験生とは異なり、まずは、岩波新書の世界の歴史を読み、全体の歴史の流れをインプットし、それから岩波叢書「世界の歴史」全30巻くらいのものを手に入れて徹底的に勉強しました。この勉強方法はマサ青年が塾での指導を始めるときに非常に役立つ学習方法でした。

そして、2月に受験。D大学に合格して、大学生活がスタートです。


では、See you Next Saturday.

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